大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所那覇支部 平成7年(行コ)3号 判決

控訴人

右代表者法務大臣

長尾立子

右指定代理人

貝阿彌誠

外四一名

被控訴人

那覇市長

親泊康晴

右訴訟代理人弁護士

金城睦

新垣勉

仲山忠克

島袋勝也

岩村智文

三宅弘

藤井幹雄

加藤裕

松永和宏

右指定代理人

当真嗣夫

外七名

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

(主位的控訴の趣旨)

一  原判決を取り消す。

二  本件を那覇地方裁判所に差し戻す。

(予備的控訴の趣旨)

一  原判決を取り消す。

二1  被控訴人が平成元年九月二八日付けで島田正博に対してした原判決添付別紙文書目録一記載の文書を公開するとの決定は、同目録二記載の図書に関する部分につき、これを取り消す。

2  被控訴人が平成元年九月二八日付けで那覇市職員労働組合に対してした原判決添付別紙文書目録一記載の文書を公開するとの決定は、同目録二記載の図書に関する部分につき、これを取り消す。

第二  事案の概要

次のとおり付加訂正するほかは、原判決事実及び理由欄の「第二 事案の概要」(原判決五頁五行目から同一一三頁六行目まで。原判決添付別紙文書目録を含む。)に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

原判決七一頁七行目の「17、20」を「17ないし20」に改め、同一〇行目の「情報」の次に「及びコンピュータ・システムの電気系統に関する情報」を、同末行の「各部屋名」の次に「及びコンピュータ・システムの電気系統」を、同七二頁二行目の「どこにあるか」の次に「、切断すべきコンピュータ・システムの電気系統の電力線等がどのように配線されているか」を、同八九頁五行目の「室名」の次に「及びコンピュータ・システムの電気系統の配線」をそれぞれ加え、同行の「これら」を「前者」に改め、同七行目の末尾の次に「後者は、図書番号17ないし19の各図書からコンピュータ・システムの電気系統の配線が判明することはないのであるから、それを秘匿する必要性はない。」を加える。

第三  争点に対する判断

一  本件訴訟が法律上の争訟であるか否か

1 憲法七六条一項は、当事者間の具体的な紛争について法令を適用してこれを解決する国家作用である司法権が、最高裁判所及び法律の定めによって設置された下級裁判所に属するとし、これを受けて裁判所法三条は、司法権の内容を具体化し、明確にしており、裁判所に属する司法権の及ぶ対象、すなわち裁判所が固有の権限に基づいて審判することのできる対象を「法律上の争訟」としている。この法律上の争訟とは、当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、それが法令の適用により終局的に解決ができるものであり、それに限られる(最高裁昭和三九年(行ツ)第六一号同四一年二月八日第三小法廷判決・民集二〇巻二号一九六頁、最高裁昭和五一年(オ)第七四九号同五六年四月七日第三小法廷判決・民集三五巻三号四四三頁参照)。

2 そこで、本件のように、国と地方公共団体又はその機関が争訟の当事者となっている場合に、その間における紛争が一般的に法律上の争訟にあたるか否かについてみるに、国及び地方公共団体は、いずれも行政権を行使する主体であるが、他方、行政権の行使に際して、私人又は私的団体と同様に、財産を保有し、あるいは私的経済行為を行うことができる。そして、私人又は私的団体間の紛争は、前記要件を充たせば法律上の争訟に当たることはいうまでもないところ、国又は地方公共団体が私人又は私的団体と同様の権利義務の主体となっている場合の紛争を、当事者が国又は地方公共団体であるからといって、法律上の争訟ではないという理由はない。したがって、国又は地方公共団体の私人又は私的団体と同様の権利義務に関する紛争は、前記要件を充足するかぎり、法律上の争訟に当たるということができる。

しかし、他方、国又は地方公共団体に属する行政権限の根源である公権力は、その性質上、本来は一体のものであるが、これを国及び地方公共団体の各個の行政機関に分属させているのは、行政目的、行政事項などを考慮し、地方自治の本旨にも配慮しつつ、行政の執行において、矛盾を避け、統一を図り、適正及び合理性を保って行政効率の促進を図るため、分業を行わねばならない必要性に基づくものにほかならない。そうすると、このようにして分属させられた個々の行政権限又はその行使について矛盾や抵触が生じ、それを巡って各行政機関の間に紛争が発生したとしても、この紛争は、行政組織内部において処理し解決されるべき性質のものであり、専ら、司法機関において法令を適用して終局的に解決すべき紛争、すなわち法律上の争訟ということはできない。また、裁判所法三条は、法律の定めによって、法律上の争訟に当たらない個別の紛争の司法的解決を裁判所の権限とすることを認めており、行政事件訴訟法四二条が、特定の場合に限って機関訴訟としてこれを認めていることは、行政主体又はその機関を当事者とする国又は公共団体の機関相互間における権限の存否又はその行使に関する紛争が裁判所法三条にいう法律上の争訟には当たらないことを前提としているものであると解せられる。

3  右に述べたところの基本的考え方に基づいて、控訴人(国)と被控訴人(那覇市長)との間の本件処分を巡る紛争が、法律上の争訟に該当するか否かを以下検討してみる。

本件は、事案の概要に摘記したように、控訴人の機関である那覇防衛施設局長が、建築基準法一八条二項(国等が建築主である場合の建築主事に対する計画の通知)に基づいて、海上自衛隊第五航空群司令部庁舎(本件建物)の建築工事に関する計画を那覇市建築主事に通知し、右建物の設計図及び建築申請に関する資料を提出し、建築主事において右申請が建築基準法に適合しているとの判断をした後、右資料は那覇市で保管されていたところ、被控訴人が、島田正博及び那覇市職員労働組合の請求に対し、本件条例に基づいて、最終的に、本件図書を含む右資料の一部を公開するとの決定(本件処分)をしたが、控訴人が、本件図書を公開されると、控訴人の秘密保護等の法律上保護された利益が侵害されるとして、本件処分の一部の取消しを求めるものである。

そして、本件処分の取消しを求める控訴人の法的地位がいかなるものであるかについて、控訴人の主張するところは、要約すると、(一)本件図書が含む秘密の保護を受けるべき控訴人の地位は、プライバシーの保護を受ける私人や営業に関する秘密を保護される私企業の地位と同じであるし、また、(二)控訴人が管理する土地上に本件建物を建設し、国有財産として防衛庁が管理すること(管理権限は、防衛庁設置法六条一号等)自体は非権力的作用であり、本件建物の施設を利用して行う固定翼対潜哨戒機P-3Cからの情報を受信し、それを分析してP-3Cに指示するという防衛行政活動も公権力行使の要素を含まず、控訴人は、私人と基本的に同一の地位において、このような本件建物を所有し管理するというものである。

ところで、控訴人がいうところによれば、その主張する秘密というのは、控訴人が建設する本件建物の地階部分にはASWOC(対潜水艦戦作戦センター)が設置され、ASWOCは、P-3Cに対する戦術支援と指揮管制を行う海上自衛隊の対潜水艦戦を遂行する上で極めて重要な施設であって、本件図書が公開されると、P-3Cによる対潜水艦戦の中枢機能を維持するに不可欠な施設の抗たん性の程度が明らかになるほか、警備上の支障が生じ、また、コンピュータの能力の推定も可能となり、国内の他のASWOCについても同様の問題が生じることとなって、その結果、海上交通の安全確保、つまりシーレーン防衛を不可欠とする我が国の防衛行政活動に重大な障害が発生するから、右抗たん性等は秘されるべきであるというものであり、本件図書はこの障害を発生させないよう秘密とすべき内容を含むというのである。

してみれば、控訴人の主張に沿うかぎり、本件図書の内容は、控訴人が防衛行政の遂行上、対外的に秘密とすることを要するものであり、右秘密を保持することは、防衛行政の遂行による公共の利益に資する上で必須のものというべきであるから、右秘密の保持による利益は、私人において保護されるべきプライバシーの権利とか、保護されるべき私的団体の営業上の秘密と同様のものとはいえず、控訴人の防衛行政活動に関する公的秘密というべきである。

また、本件処分の取消しを求める控訴人の法的地位を考えるに当たって、単に建築物そのものの所有権の帰属主体であることを理由として、あるいは、その利用目的から離れて建物自体の管理行為が非権力的作用であることを理由として、控訴人が私的財産権の帰属主体と同様に保護されるという控訴人の主張は、実際的ではない。なぜならば、建築物を巡る種々の法律関係において、建築物を物として評価し、あるいは物としての性状を評価すべき場合もあれば、建築物の設置目的、現実の利用等が主題となっている場合もあり、本件では、控訴人は、前記秘密が保護されるべき利益であるとして、本件処分を争っているのであるから、建築物としての本件建物をそれに含まれる設備、それから推知できる機能、情報等と切り離して評価すべきではないし、また、秘密という以上、当然のこととして、秘密への接近が禁止又は制限されるのであるから、本件建物の管理行為が非権力的作用であるということもできないからである。

4 このようにみてくると、本件図書の公開に関して、被控訴人の本件条例に基づく権限の行使と、控訴人の防衛行政遂行上の秘密の保持ないしこの行政活動に必要な本件建物の管理という防衛行政権限の行使との間において抵触が生じ(本件図書の保管事務が那覇市の固有の事務であるか、はたまた建築基準法による国からの機関委任事務であるかは、本件の法律上の争訟性の判断においては、直接には関係がない)、それを巡って右両行政主体又はその機関の間に紛争が発生しているのであるから、先に述べたところに基づけば、この紛争は、裁判所法三条がいうところの法律上の争訟には該当しないものであるといわなければならない。

したがって、本件条例は、法令により明らかに守秘義務の課されている情報や公開によって行政の公正、円滑な執行に著しい支障を生ずることが明らかな情報等を非公開とすると規定しているが(同条例六条一項)、右規定に反する公開決定を他の行政主体又はその機関が争う場合に、その審判を裁判所の権限とする特別の法律の定めはないので、右条例の規定及び関連諸規定によって形成される法体系を通して、控訴人が被控訴人の行った本件図書の公開決定の取消しを求める法律上の利益を有するか否かを判断するといった抗告訴訟における原告適格の存否について検討するまでもなく(裁判所法三条が定める法律上の争訟であるか否かの判断は、行政事件訴訟法九条所定の原告適格の存否の判断に先んじる)、控訴人と被控訴人の間の本件紛争は法律上の争訟とはいえないから、本件訴えは不適法である。

二  結論

よって、控訴人の本件訴えは却下すべきであり、これと結論を同じくする原判決は正当であるから、本件控訴は理由がない。

(裁判長裁判官 岩谷憲一 裁判官 角隆博 裁判官 伊名波宏仁)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例